活動日誌

    ・北野さと子の毎日をご報告。
    ・日々、感じたことを書いていきます。

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花と緑のフェスティバル
2013/04/20

お天気に恵まれてよかったです。


※ステージの子どもたち、カッコよかったです
※木工細工に興味津々の子ども達、可愛かったです
※今年はフラワーセンターのポット作品も中央に

議会報告会Bチーム
2013/04/19

 昨夜、西公民館での議会報告会一日目。20名ほどの参加者がありました。ありがとうございました。
 今回は3つの常任委員会と予算特別委員会の報告がありましたので、時間配分は難しかったのですが、それぞれ要点をはずさず報告はできたとおもいます。
 ただ、途中ちょっとしたハプニングも発生。
 私は記録担当でしたが、ノートに『おたくら・・』と書きました。ある方が私たち議員をなじるような質問を連発されたのでした。ビビリましたわ。
 その方に対して、傍聴していた我が市の議員が(お2人は旧知の先輩後輩だったそうで)注意!!!のイエローカード。
・・・・まあまあまあ・・・・汗・・

 市民の参加者は勿論、他市からの参加者も大歓迎なのですが、あくまでも参加者と議員は「平等」。近い距離での会合ですので「上から目線」発言や「追及」発言には、どうしても構えてしまうんです。誰だって嫌な言葉や非難は聴きたくないですから。
 しかし、これは私たちが乗り越えなければいけない試練です。宝塚市議会は、どんなことを質問されても、逃げずにちゃんと応えていける度量をもっていますよ。
あんまり細かい数字には「後でね」とお答えしました。 これからも頑張ります。

今日から「議会報告会」
2013/04/19

 今日は会派代表者会。
 そして今日から3つの会場で3月議会の報告会がスタートします。ぜひご参加くださいますようよろしくお願いいたします。

@4月19日(金)19:00〜西公民館
A4月20日(土)14:00〜東公民館
B4月21日(日)10:00〜男女共同参画センター

わたしにも子どものときがあった
2013/04/18

 私は兵庫県但馬地方の出石郡出石町(現豊岡市)で生まれ、小学校入学前に大阪にでてきて高校2年までいました。その後宝塚に転居。以来ずっと宝塚に住んでいます。 
 大阪の出来島小学校が母校なのですが、このたび創立50周年ということで記念誌に一文をと依頼されました。ほんとは母校で教育実習をした弟が依頼されたのですが、「姉が1期生です」とお鉢が回ってきたわけです。
 原稿と一緒に当時の写真なども送ってほしいと言われて・・・なつかしい弟との写真がでてきました。2人とも足が速くて運動会では負けたことなかったです。
 なんと!!! 50年前です。
 そこにいるのはまぎれもない自分なのですが、なんだか不思議。テレビは白黒、洟垂れ小僧、貧しい生活。でも、みんなに可愛がってもらった思い出がいっぱい。両親がどれほど私たちを大切に思っていただろうか。
・・・・誰もが「子ども」だった時代がある。

準備
2013/04/18

 今日は消防・国保担当からの報告を受けた後、会派代表者会の打ち合わせ等等。新年度、次の議会の準備が始まっています。

上級
2013/04/17

 3月に受験した「宝塚学検定」の結果が届きました。
 96点で無事合格。3回目の受験なので上級になりました。

 「宝塚」のこといっぱい知ると、「我がまち宝塚」が大好きになりますよ。

会派ミーティング
2013/04/17

 市議会議員補欠選挙で浜崎史孝さんが当選されました。また、会派解散と結成がありました。

<新しい会派一覧>
●宝結会:村上正明、石倉加代子、北山照昭、坂下賢治、冨川公晃太郎、浜崎史孝、山本敬子
●日本共産党宝塚市議会議員団:たぶち静子、草野義雄、田中こう、となき正勝
●ユニットF宝塚:伊福義治、井上きよし、寺本早苗、北野聡子
●公明党議員団:三宅浩二、江原和明、中野正、藤岡和枝
●新風宝塚改革の会:伊藤順一、浅谷亜紀、大河内茂太
●太誠会:大川裕之、佐藤基裕
●無所属:大島淡紅子
●無所属:藤本誠

 ユニットF宝塚も、会派ミーティングで新スタートです。

教え子に学ぶ
2013/04/16

4月5日S新聞投稿欄 テーマ「花見」
〜懸命な息子の姿重ねて見る〜
 12年前の11月。息子が仕事中に倒れた。
 勤務先からの電話で救急病院に駆けつけると、脳出血で緊急手術が必要だという。息子は10日間、生死の境をさまよった末に、なんとか意識を取り戻したが、左半身まひの後遺症が出た。入社から半年あまりの出来事だった。
 3度目の転院先の病院の近くに公園があり、満開の桜の中、息子が乗った車いすを押した。「息子の将来はどうなるんだろう」と桜を見上げた。
 しかし、息子は懸命にリハビリと勉強を続け、行政書士の資格を取得。この春、自宅の一室を事務所にして開業することになった。
 厳しい冬を乗り越え、見事花を咲かせる桜に息子を重ねてみる。
 自宅の窓からは桜並木が見える。今年は最高の花見ができる気がする。

4月12日S新聞「夕焼けエッセー」
 息子35歳。今春、念願の社会復帰を果たした。自宅の一室が彼の新しい職場。玄関に行政書士事務所の小さな看板が光る。生活にリズムが出て表情も明るい。
 12年前の帰宅途中、車の電話が鳴った。職場で息子が脳内出血で倒れ、緊急手術の承諾を求めていた。一瞬悪い予感が走り、あれが最後の別れであったのかと2週間前を思い出した。
 半年ぶりに実家に帰った息子が泊まらずに大阪に戻るというので、夜遅く車でワンルームマンションに送り届けてやった。部屋の中を見せてもらって玄関先で別れたのに、息子がエレベーター前まで見送りに出てきた。怪訝な顔をすると「礼儀ですから」といった。
 術後10日ほどたった夕刻の薄暗い病室。死線をさまよっていた息子の手がかすかに握り返してきた。忘れられない感動。それは長いリハビリの始まりでもあった。機能回復を願って転院を2回繰り返すも、どの専門医も家庭内復帰を目標とした。しかし、息子は迷うことなく社会復帰を目指し、新たに法律の勉強も始めた。
 彼が偉かったのは、この12年間ひと言の愚痴もこぼさなかったことであろう。そして声を出してよく笑った。いつの間にか親の不安は薄れ、何としても実社会へもう一度送りだしてやりたい、と強く願うようになった。
 左上下肢の重い障害を背負って、息子の新たな人生が始まる。道は険しいに違いないが、息子の成功を願ってやまない。


 4月12日に私はお父さんの投稿夕焼けエッセーを読んで・・2年前に出会った彼を思い出しました。あのとき杖をついて玄関まででてきて『先生、頑張ってください』と励ましてくれました。・・・就職なかなかうまくいかないと聞いて「あなたもがんばってね」としか言えなかったのですが、ずっと気になっていました。
 自宅で開業ならと、さっそく駆けつけ近所に駐車しようとバック。窓を開けたら道を歩いているのは、なんとお母さん。「新聞を読んで、いまちょうどお宅にいこうと思ってきたのよ」
「うちは南口に転居したんですよ。」「え〜〜」
 なんということか、偶然出会わなければ、空き家を訪ねるところだったのです。奇跡のような一瞬の出会いに感激。
 きけば、お母さんの投書も5日に掲載されたとか。
ひと言の愚痴も言わずに12年間努力し続けた・・・雅浩さん立派!!  頭がさがります。
 少々しんどいことにぶつかったぐらいで泣き言いってたら彼に恥ずかしいなと思います。これからも応援したいし、私も負けないようにがんばります。
 
●島本行政書士事務所をよろしくお願いいたします。

次に向かって
2013/04/16

 今日は1年ごとの乳癌精密検査に行ってきました。
・・・なんとかこの1年も無事でした。

 宝塚市議会へは、三重県伊勢市議会からの視察団が来られました。そのなかに以前『駅前議会』に何度も来てくださった長田朗議員がおられました!なつかしい再会に感激しました。
 そして、おそくなっってしまった「3月議会レポート」を作成中。辻泰弘参議院議員との二連ポスターも表に。

市長選挙U
2013/04/15

嵐のように過ぎた1週間
ただただ一生懸命自分にできることを。

※たくさんの市民の気持ちが集まった実感あり。
※民主党・藤井幹事長、連合北阪神・清宮議長、連合宝塚・森岡前会長と握手。ともにがんばりました。

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